夜のネット街を彷徨うように、画面の向こうで桜の花びらが舞うような出会いを探していた。ある晩、いつものようにウェブカメラサイトに潜り込み、知らない誰かとの一瞬の繋がりを求めてキーボードを叩いた。そこはまるで現代の花街、誰もが仮面をかぶり、言葉と仕草だけで心を交わす場所だ。
彼女の名前は「サクラ」とだけ書かれていた。プロフィールの短い一文には「夜桜を見ながら話したい」とあった。それだけで何か心を掴まれた気がして、勇気を出してチャットに飛び込んだ。最初はぎこちなかった。俺のつたない日本語と、彼女の少し古風な言葉遣いが、まるで異なる時代から来た二人が出会ったかのようだった。
「夜桜、好き?」と彼女が聞いてきた。画面越しに、彼女の背景には本物の桜の枝が映っていた。リアルなのか、ただの装飾なのか分からない。でもその一瞬、俺は彼女の部屋にいるような錯覚に陥った。「好きだよ。毎年、春になると地元の川沿いで桜を見るんだ」と答えた。彼女は微笑んで、「じゃあ、今夜は私と仮想の花見をしよう」と言った。
チャットは思った以上に長く続いた。彼女は日本の古い詩や俳句を織り交ぜながら、自分の好きなことや、夜の静けさについて語った。俺もつられて、普段なら絶対に口にしないような、自分の夢や昔の思い出を話していた。彼女の声は柔らかく、時折、画面の向こうで風鈴がチリンと鳴る音が聞こえた気がした。あれは本当に彼女の部屋の音だったのか、それとも俺の想像だったのか。
でも、どこかで分かっていた。この出会いは桜の花びらと同じで、どんなに美しくてもすぐに散ってしまうものだと。数時間後、彼女は「そろそろ夜桜が眠る時間だね」とだけ言って、静かにログアウトした。俺は画面に残された「オフライン」の文字を眺めながら、なんだか胸の奥が少しだけ冷たくなった。
次の日、彼女のアカウントを探したけど、もう見つけられなかった。プロフィールも、チャットの履歴も、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。あの一夜は、ネットの海に浮かぶ一瞬の幻だったのかもしれない。それでも、俺は今でも夜になると、どこかで「サクラ」がまた誰かと仮想の花見をしているんじゃないかと想像してしまう。
こんな出会い、みんなもネットのどこかで経験したことある? 桜のように儚いけど、なぜか心に残るんだよな。